ある女性会員様が、40代半ばになり、仕事も充実し、プライベートの時間も一人で楽しめる術がある今、子供を諦めた場合、結婚をする意味がわからなくなってきた、とお話になっていました。

気持ちもわかるなー、と思いつつ、いろいろな人生観があるので、これは私の考えでしかありませんが、もう中年期に差し掛かり、これから結婚を考える際に見つめるべき先は「死」なんだろうな、と面談の帰り道にふと考えていました。

鈴木おさむが以前コラムの中で、

「夫婦であること、パートナーであることの意味って何なのかなというと、僕は『一緒に死んでいく相手』であることだと考えています。(中略)誰にでも訪れる死の瞬間まで、お互いに相手のことを思いやり合える関係が夫婦なんだなって。」

と書いていましたが、私も母が亡くなった際に感じたのは、人間ってそう簡単には死ぬことはできず、長い闘病があったり、大きな手術があったり、退院後のケア等、物理的にも精神的にもこれは独りでなんとかできるものじゃないんじゃないか・・・ということでした。「孤独死でも別に大丈夫!」という方もいますが、いや、ぽっくり部屋で死ぬ分には良くても、死ぬまでの苦しい過程があった場合、いろんなディテールを想像すると、いくら公共のサービス等があったとしても、それでも天涯孤独の老人の身でどうにかするにはかなり辛い場面が待っているのではないかと思うのです。ま、結婚してもどちらかが早く死ねば、同じなんですが。

もう40代や50代にもなれば、充分に楽しいことも経験してきたでしょうし、今までの友人もいるでしょうから、特にパートナーに「楽しさ」を求める必要は実はあまりなく、それよりも人生の終盤、身内の死やお互いの死や病気に直面したとき、共に側にいてくれる人がいるということがすごく大きな意味を持つのであって、それには「ときめくかどうか」とか「素敵なレストランに連れて行ってくれるかどうか」という点はあまり重要ではなく、誠実であったり、優しいことであったり、本当に自分のことを思いやってくれる人と結婚するべきなのだと思います。

「この人といたら楽しいか」という近視眼的な視点ではなく「この人とであれば、辛いときもきっと優しくて、ずっと一緒に寄り添っていてくれるのだろうな」という、もっと先の、いつか必ず訪れる人生の辛い場面をイメージして選んでいくことが、特にもう40代という人生の後半に足を踏み入れた人たちにとっての婚活には大事なのではないでしょうか。